海外資産

裁量信託(Discretionary Trust)への税務調査にどう備えるか

海外居住中に設立した裁量信託(Discretionary Trust)が、日本帰国後に予期せぬ税務リスクとして顕在化し、近年ご相談が増加しています。
特に、CRS(共通報告基準)により信託口座の情報が日本の税務当局に自動的に提供されるようになったことで、税務調査に発展したケースもあります。

この記事では、具体的な事例を交えながら、裁量信託の仕組み、日本における課税上の具体的な取り扱い、そして税務調査への備えについて解説します。

 

1.事例紹介:CRSに基づく情報提供がきっかけとなった税務調査

ある相談者は海外居住中に裁量信託を設立し、ご自身の財産を信託へ移管されました。その後日本に帰国し、信託口座を管理する金融機関の求めに応じて、受益者(beneficiary)の税務上の居住地を「日本」として登録したところ、この情報がCRSを通じて日本の税務当局に提供された結果、信託に関する税務調査が開始されました。

2.裁量信託(Discretionary Trust)とは?

裁量信託は、シンガポール、香港、オーストラリア、ニュージーランドなど、主に旧英国植民地を含む英米法の国々で広く利用されている信託制度です。

この信託の最大の特徴は、受託者(Trustee)が受益者に対する給付の「時期」「金額」「対象者」を自身の裁量で決定できるという柔軟性にあります。通常、受益者は「給付を受ける具体的な請求権」を持たず、「単なる期待権(expectation)」しか持ちません。

受託者に広い裁量権が与えられている一方で、委託者の意向を反映させるための仕組みも存在します。信託証書(Trust Deed)とは別に意向書(Letter of Wishes)が作成されることがあります。この意向書は、受託者が信託財産の管理・処分に関する裁量を行使する際の指針となるものです。法的拘束力はありませんが、受託者の判断に大きな影響を与え、実質的な指示書のような役割を果たすこともあります。

また、受託者の裁量権は、信託証書における「Protector」の規定によって一定の制約を受けることがあります。例えば、受託者が重要な管理・処分行為を行う前にProtectorの承認を得なければならない、といった規定が設けられることがあります。

3.日本における課税上のポイント

裁量信託の課税関係を日本で検討する際は、その信託が設立された国の法形式を、日本の税制(信託税制、贈与税、所得税など)に当てはめて判断する必要があります。

具体的には、信託証書や意向書などを確認して、以下のような状況の場合は、信託設定後も、委託者が信託財産に対する実質的な支配権を保持していると判断されるため、この信託設定は課税上「贈与」とみなされず、受益者への課税は生じないと解されます。

・委託者がProtectorに就任している 
・委託者またはその親族が受託者法人の役員に就任し、信託財産の処分権限を持っている
・信託財産の原資が委託者からの借入であり、その返還請求権が常に行使可能
・受益者が信託財産やその所得について一切の請求権を有しておらず、期待権のみを有している

なお、受益者が裁量信託から金銭等を受け取った場合、その金額に対して贈与税の申告・納税が必要と考えられます。信託専門家の見解でも、裁量信託においては将来の給付が不確実なため、信託設定時に課税すべきではなく、実際に分配を受けた時点で課税すべきであるとされています。

4.税務調査の連絡があった方へ

裁量信託に関する課税判断には、信託契約の法的解釈や財務実態の分析など、専門性の高い検討が求められます。

・信託証書や意向書の正確な理解
・信託の財務諸表や取引記録の分析
・日本の租税法に照らした課税関係の構成
・必要に応じて税務意見書の提出

裁量信託含む海外の信託に関連して税務調査の連絡を受けた場合は、ご自身で判断する前に、信託および国際税務に精通した専門家にご相談されることをお勧めします。

 

当コラムは2025年6月現在の税制に基づいて作成しており、読者の皆様のご理解を深めるために内容を簡素化している場合がございます。また、具体的な状況によって課税関係が変わる可能性がありますので、記載情報に基づいて行動される前に、弊所までご相談して頂ければと思います。

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